原西おしゃべりサロンで「はかた彩時記」
2013年03月27日
27日、早良区・原西ボランティアの会が主催する「おしゃべりサロン」で、博多談義の講師に呼ばれました。
原西校区では昨年6月から毎週火曜日の午後、老人憩いの家で、お茶のみ会のような自由に集まる場をつくっています。映画の鑑賞や、音楽会、健康教室。それに講話などの催しを行い、差し入れや手作りのお菓子などでしばし語り合うというものです。
昔、私が新聞記者時代に博多の様々な様子を描いた「はかた彩時記」を出版していたことから、はかたのよもやま話をして、との依頼があったわけです。
菅原道真公が太宰府に左遷され博多の湊に着いてから太宰府に向かう折、はかたの人たちがどのように管公を迎えたか。市内に残る水鏡天満宮、綱敷天満宮、歌替天満宮、衣掛天満宮などの話を紹介。また、呉服町近くにあるちっちゃな社の万四郎神社、中州にある飢人地蔵などの話をまじえ、博多んもんが、いかに人情に厚く、お人よしであったかなどの話をしました。
約一時間。中には博多出身の方もおられ、懐かしい話にはなが咲きました。
手作りケーキとコーヒー、美味しかったです。楽しいサロンこれからも続けてください。
原西校区では昨年6月から毎週火曜日の午後、老人憩いの家で、お茶のみ会のような自由に集まる場をつくっています。映画の鑑賞や、音楽会、健康教室。それに講話などの催しを行い、差し入れや手作りのお菓子などでしばし語り合うというものです。
昔、私が新聞記者時代に博多の様々な様子を描いた「はかた彩時記」を出版していたことから、はかたのよもやま話をして、との依頼があったわけです。
菅原道真公が太宰府に左遷され博多の湊に着いてから太宰府に向かう折、はかたの人たちがどのように管公を迎えたか。市内に残る水鏡天満宮、綱敷天満宮、歌替天満宮、衣掛天満宮などの話を紹介。また、呉服町近くにあるちっちゃな社の万四郎神社、中州にある飢人地蔵などの話をまじえ、博多んもんが、いかに人情に厚く、お人よしであったかなどの話をしました。
約一時間。中には博多出身の方もおられ、懐かしい話にはなが咲きました。
手作りケーキとコーヒー、美味しかったです。楽しいサロンこれからも続けてください。
Posted by 忠 at 11:08│Comments(0)
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